被害者多数!?「洗濯板」の登場が世の女性たちに与えた影響とは

戦前・戦中・戦後と、現在のような家庭用洗濯機が普及するまでの長きに渡り、私たちの洗濯事情を支え続けてきた“洗濯板”。

洗濯板は1797年にヨーロッパで発明され、明治中期に日本に伝来しました。

洗濯板の特徴は、なんと言ってもあの“溝(デコボコ)”です。

長い辺に対して垂直方向に鋸状の切り込みがあり、 水に濡らした汚れ物を押しつけながら往復させることによって洗濯が行えるようになっています。

ところで、そんな洗濯板の溝(デコボコ)って、何かに似ていると思いませんか?

ヒントは私たち人間の体の一部分…そう、“肋骨”です。

 

“痩身感”を表す言葉に転じた“洗濯板”という言い回し

洗濯板の表面でデコボコと弧を描いたその形状は、まさに人の体に浮き出た肋骨そのもの。

そうした見た目が転じ、洗濯板は“非常に痩せている人”を例える表現として用いられるようになりました。

1960年代…高度成長期以前の日本では食糧事情の悪さが招いた栄養不足によって、肋骨が透けて見えるほど痩せ細った子どもたちが大勢いたためです。

 

しかし、当初は「肋骨が浮き出るほど痩せた人」を指す言葉だった“洗濯板”も、いつの間にかサイズの小さい胸“貧乳”を表す言葉として使われるようになります。

今ではすっかり定着した感のある“貧乳”という言葉が生まれたのは、日本がバブルにわいていた1985年から1990年頃にかけて。

当時、アメリカで封切られた日本未公開の『マシュマロ・ウェーブ/巨乳』という成人映画をきっかけに、大きなサイズの胸を指す“巨乳”という言葉が週刊誌などで盛んに使われ、世間で急速に浸透していきました。

そこで、“巨乳”の対義語として持ちあがったのが“貧乳”であり、それがやがて「(痩せている上に)胸も小さい女性」の隠喩として広まっていったのです。

 

江戸の人は“貧乳”を“洗濯板”と呼んでいたのか?

ところが近年、インターネット上では「貧乳の女性を“洗濯板”と呼び始めたのは江戸時代からで、落語の中にも記述がある』というつぶやきが、SNSを中心に拡散され出したのです。

しかし冒頭でも触れたように、洗濯板が発明されたのは1797年で、日本に入ってきたのは明治時代の中期になってから。

つまり、洗濯板に関する上記のつぶやきは、根も葉もない単なる“ウソ”だったということになります。

 

明確な根拠の有無に関わらず、一度拡散してしまうと「火の無いところにも煙が立ってしまう」のが、インターネット社会の恐ろしいところ。

今回のつぶやきは、社会的にそれほど大きな影響を与えるような内容ではありませんでしたが、時にひとつのデマが世間を大きく揺るがす事態に繋がることもあり得ます。

そのため、情報発信者だけではなく、受け取る側の人間にも最低限の拡散ガイドラインは必要なのではないでしょうか。

とは言え、実は貧乳の女性を洗濯板と呼び始めた一件に落語が絡んでいるというのは、あながち間違った情報とも言えず、実際に落語の世界では貧乳のことを、「洗濯板」と表現した噺が存在しているのです。

 

“洗濯板”の始まりは春風亭小朝の落語から?

それは、1985年4月5日にNHK大阪で放送された「演芸指定席」でのこと。

江戸時代から続く古典落語「湯屋番」のひとこまに、主人公の若旦那が銭湯の女湯にいた老女をけなすシーンがあるわけですが、当時、若手の実力派噺家として大人気だった春風亭小朝はそこで以下のようなくだりを見せています。

 

あ、一人いたよ、おばあさんが。

洗濯板に干し葡萄ってやつだね。

あ、ひどい。

仰向けんなって、自分のアバラで洗濯してるよ。

ラッコの梅さんて、あの人だね。

 

“落語=江戸時代”というイメージが、上記のようなウソに繋がったと思われますが、実はこの“洗濯板”のくだり…本来の古典落語をはじめ、3代目柳家小がアレンジした現代版「湯屋番」にも存在していません。

つまり、ガリガリに痩せた老女を洗濯板と表現したのは、春風亭小朝による完全オリジナルだったというわけです。

しかし、春風亭小朝がテレビの電波を通じて“洗濯板”という表現を初めて公の場で使った時期と、巨乳と対を成す言葉として貧乳が世間に広まっていった時期が重なることから、両者にはなんらかの関係があってもおかしくはないと言えるのではないでしょうか。

 

ちなみに、“貧乳”という言葉の意味自体も、洗濯板と同様に元々は違うものでした。

本来は現在のように小さい胸を指すものではなく、母乳の分泌量が不十分で、乳児が健康に育たない状況を意味する言葉だったのです。

また、洗濯板と同様に貧乳を表現する言葉として“まな板”というのも存在しますが、両者の明確な違いは“痩身感”です。

胸の起伏が少ないという点は、洗濯板もまな板も両者共通ですが、洗濯板はより痩せていて肋骨が浮いているような女性の状態を表す場合に使われることが多くなっています。