洗濯の大敵“雨ふり”解消の最終兵器「てるてる坊主」にまつわる怖い話

いつまでも降り止まぬ雨と、部屋干しで生乾きの洗い物…

私たちの生活において無くてはならない“天からの恵み”も、洗濯にとっては厄介な存在になることがしばしば。

 

「ああ、早く雨がやまないものか…」

 

そんな時にふと思い出されるのが、雨降りを解消する最終兵器…“てるてる坊主”だと思います。

子どもの頃、「てるてる坊主~てる坊主~」と歌いながら、運動会や遠足の前日にてるてる坊主を窓辺に吊るした経験を持つ方も少なくないはず。

1921年に発表された“てるてる坊主”はその後、学校の教科書にも掲載されるなど最もポピュラーな童謡のひとつとなりましたが、その歌詞には知られざる恐ろしい秘密が隠されていることを、あなたはご存知でしょうか…?

 

童謡“てるてる坊主”は残酷な歌?

それではまず、童謡“てるてる坊主”の歌詞を実際に見てみることにしましょう。

■1番

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ

いつかの夢の空のよに 晴れたら金の鈴あげよ

 

■2番

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ

わたしの願いを聞いたなら あまいお酒をたんと飲ましょ

 

本来、てるてる坊主には3番まで歌詞が存在しているのですが、一般的には上記2つの編成で歌われることが少なくありません。

なぜなら、このあとに続く3番の歌詞には、「残酷だ」という意見が多いからです。

 

■3番

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ

それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ

 

晴れてなかったら首を切る…確かに、童謡の歌詞としては少々酷な内容かもしれません。

子ども向けに作られたはずの童謡で、なぜそのような歌詞が採用されたのか?

そこには、てるてる坊主にまつわる伝説が深く関係していたのです。

 

 

2つの説に共通するのは“命がけ”

白い布や紙などをくるんだ人形を、軒先などに吊るして晴れを祈願するという風習は、平安時代に中国から伝わったとされています。

 

その昔、長く降りやまぬ雨に困っていた中国のとある村に住んでいた一人の美しい少女。

そんな少女に対し、ある日突然「その美しい娘を差し出さねば都を水に沈める。だが、娘を差し出せば雨を止ませてやろう」という声が天から響いたのです。

少女は村の人々を雨から救うため、自ら犠牲になり天に昇る道を選びます。

すると、それまでの空模様は嘘のように晴れわたったそうです。

それからというもの、村人たちは切り紙が得意だったその少女を偲び、紙で『掃晴娘(そうせいじょう)』を作って吊るすようになったと言います。

 

…この言い伝えが、中国から伝わったてるてる坊主の起源と言われていますが、日本では少女の存在が、祈祷によって天候を司る僧侶を思わせることから、“坊主”になったされています。

 

また、一方ではてるてる坊主の起源に関しては、次のような伝説も残されています。

 

その昔、降り止まぬ雨に困っている地を訪れた、ひとりのお坊さん。

そのお坊さんは、「お経を唱えれば必ず雨が止む」ということで有名だったとか。

そこでお坊さんは殿様の前でお経を唱えてみせるも、雨は一向に止む気配を見せなかったのです。

その後、お坊さんは罰として、斬首の刑に処されてしまいます。

しかし、刎ねられた首を白い布で包んで吊るしたところ、翌日からは嘘のように晴れ間が広がったそうです。

 

…私たちが何気なく作っていたてるてる坊主の頭。

その中身のはじまりは、処刑されたお坊さんの首だった…というわけです。

 

童謡“てるてる坊主”から削除された幻の1番

前述したように、童謡“てるてる坊主”には3番までの歌詞が用意されています。

しかし、実はこの歌…当初は4番まで存在していた事実を知る人は少ないのではないでしょうか?

現在1番として歌われている歌詞は元々は2番にあたり、本来であればそこに“幻の1番”が存在していたのですが、てるてる坊主の作曲者である中山晋平氏の一存によって削除されているのです。

本来あるべきはずの1番は、なぜ削除されたのか?

その理由は誰もが気になるところですが、まずはその歌詞をご覧頂きたいと思います。

 

■幻の1番

てるてる坊主 てる坊主 あした天気にしておくれ

もしも曇って泣いてたら 空をながめてみんな泣こう

 

まとめ

内容的には現在の3番と同じように、“晴れなかった場合”について歌われています。

しかし、どちらが“過激な内容”であるかといえば、10人中10人が「首を切る」とまで言っている現在の3番と答えるはず。

つまり、一般的に考えれば子どもの教育上“不適切”と捉えられる現在の3番こそが、むしろ削除対象になりそうなものですが、実際には元々あった1番が削除されているわけです。

一説によると、「首を切る」という過激な表現の裏には、「遊びで虫を殺してしまうなど残酷な部分をもつ子供の特性」や、「願望を通そうとする権力者の暴力」という意味が隠されていると言われています。

 

そうした事実を踏まえると、本来の1番が削除された理由については、次のような仮説が考えられます。

これはあくまでも推測に過ぎませんが、当時の子どもたちは恐らく、意のままに天気を操る力(権力)を持つとされる“てるてる坊主”に、心の底から本気で晴れることをお願いしていたはずです。

 

では、ここでひとつ皆さんに思い返してもらいたいのですが、皆さんも誰かに何かをお願いする時に、「○○をしてあげるから○○をしてほしい」あるいは「○○してくれないと○○するぞ」といったように、“エサ”をチラつかせるか、もしくはちょっとだけ“脅す”という行為に及んだことはありませんか?

私が思うに、“てるてる坊主”の歌もまさにそれだったような気がしてならないのです。

 

“金の鈴”や“あまいお酒”→エサ

“首を切る”→脅し

 

つまり、「金の鈴や甘いお酒など、良い物をあげるから晴れにして!晴れにしてくれなきゃ首を切っちゃうぞ!」というように、純真無垢ゆえの残酷さを覗かせた子どもながらの“交渉”を歌っていたように思うのです。

「とにかく絶対に晴れにして欲しい」という気持ちと、「晴れない場合はみんなで泣こう」という気持ち。

幼い子どもにとって、「どちらがリアルな感情として相応しいのか?」と考えた場合、答えは言うまでもなく前者になりますよね。

作曲者の中山晋平氏もそうした子ども心を汲み取り、元々あった1番を削除するにいたったのではないでしょうか。

 

洗濯物を外干ししたくても雨が止まない時は、あなたも童心にかえって“てるてる坊主”を作ってみるといいかもしれません。

時には甘く、時にはちょっぴり残酷な“交渉”を持ちかけながら…